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マンガ家森田拳次先生

ヒトコマ漫画の第一人者森田拳次先生
「森田先生をブログで紹介しようと思うんですが、作品を出してもかまいませんか?」
と電話で確認した。
「いいよ。マルHって書いといてね。」という返事だった・・・???
普通はマルCですが!!
ボクの師匠は森田拳次です。
先生と遊びながら身についたこと数知れず。
ボクが森田先生のアシスタントに採用された頃赤羽の下宿から横浜の先生宅まで片道2時間30分かかった。毎日行くには行ったが昼間は近くの空き地で草野球をしたり、チャンバラやって遊んだり(小学生みたいでしょ)して夜仕事が始まる頃にはボクはもう帰らなくてはならなかった。ですからほとんど仕事をしていなかったように思う。500枚の原稿を出版社に持ち込んだ先生、自分で外出できないムードを作ってオタクに徹して原稿を描いた先生(女性のおさそいには負けたようだが)、一流作家の作品と戦った先生、ギャグのアイデアを毎日のウンチと同じように習慣づけた先生
ボクはまだ何一つ超えていません。
モリケン2
エピソードをあげたらきりが無いほどにぎやかな行状の森田先生だが小学一年生まですごした満州での出来事を描いた”ぼくの満州”上下巻を出版されたことや終戦をテーマに多くの漫画家の作品を集めた展覧会8月15日展のリーダーとして活躍されていることなど、中国と日本の親善に寄与しておられることは並外れてすばらしいことだ。日中国交回復65周年に招かれて今週は中国に行かれるとのことです。
そしてなんといっても忘れられないニューヨーク!最初のほうでお話しましたね。ボクにとってはかけがえの無い経験をさせてもらった。ボクは病み上がりであまり役に立たなかったけれどボクにとってはおおきな糧となっている。森田先生に出会わなかったらボクの人生は始まらなかったと思う。終戦直後の満州で森田少年は日本兵が銃殺される場面に出くわした。そのときのことが今だに忘れられないと言う。銃殺の一瞬ほんのわずか首の角度がずれたのをみて生と死のはざまを感じたと語っている。ほんのわずかな角度が生死をわけていることに衝撃を受けたと。そしてそれが作品の軸となっているということだ。
作家魂に頭を下げます!

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コメント

人との出会い

こんにちは。
コメントどうもありがとうございました。

人との出会いって面白いですね。そしてとても重要な事だなぁと思いました。
出会いを大切にして私も生きていきたいなと思います。

という訳で(?)リンクの件、嬉しかったです。
今後も楽しい記事を楽しみにしています。

2007年11月27日 22:49 from ぞうさんURL Edit

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